これから新しい命が生まれ出でようとするときに、何かしらの問題があって「もしかしたら命の危険があるかもしれない」と先生に言われたとしたら「せめてこの子の命だけは」と心から願うだろう。
命の危険はなくなったけれど、「もしかしたら重い障害が残る可能性が高いです」と言われたとしたら、「せめて五体満足で」と心から願うだろう。
生まれた後に、残った障害が、視覚障害と聴覚障害だったとしたら「せめて障害がどちらか1つであったなら」と心から考えるだろう。
そこで、もし聴覚障害だけだったとしても、「せめて難聴であったなら」と考えるだろうし、もし障害もなく、健康で生まれてきたとしても、かんしゃく持ちで全く言う事を聞いてくれない事が多かったとしたら、「もっとおとなしい子であれば…」と考えてしまうだろう。
残念な事だけど、これが人間。
どこが基準で、どれが正しくて、どんな考えが卑しいのか。
考えても、考えても答えはきっと出ないであろう。
残念だけど、これが人間。
生きているだけで。
笑えるだけで。
走れるだけで。
聞き分けが良いだけで。
基準なんてなくって、正しい事なんてなくって、卑しい考えなんてないけれど、たまに、自分から一歩引いて見てみるのが大切な事。
そうやって意識しないと、自分自身の事は客観的に見れない。
残念だけど、これも人間だから。
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